那須野の旅人

旅の行く手にはどんな世界が待っているのでしょうか・・・

ハマギクの咲く岬・・・・・五浦(いづら)海岸


例によって北関東向けのNHKテレビで 北茨城市五浦岬のハマギクが見頃というので
3.11後では初めて出かけてみました。那須からは比較的海の近い場所にありますが
車で片道4回も峠を越えないと着きません。約2時間半のドライブです。

先ず五浦海岸の入り口である大津港を覗いてみました。震災の大津波で大きな被害を
受けましたが 現在は一部を除き以前の姿に近くなっていました。帰りがてら立ち寄って
新鮮なサンマを買った松野屋も津波が膝まで達したそうですが建物は無事でした


復興した大津港


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表紙説明
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日本美術院と岡倉天心そして五浦海岸
岡倉天心は思想家であるが明治23年当時は日本美術学校(今の日本芸術大学)2代目校長であったが
天心の新しい日本画の創造に反目していた一派の誹謗中傷が原因で 美術学校を追放されてしまった。

それを機に教え子であった 福田眉仙、横山大観、下村観山、菱田春草、西郷孤月 などを引き連れて
日本美術院を設立し活動を始めた。それから間もなく天心はインド、中国に遊学、主に哲学の造詣を
深めて帰国後教え子達と日本美術院の拠点を上野の谷中から茨城県の五浦海岸に移したのである


再建された五浦海岸六角堂遠景
六角堂は岡倉天心の宇宙哲学の観点により設計された

再建後の六角堂

この画像は3.11津波で流される前の六角堂。 下は流された後の土台
3.11大津波前の五浦海岸六角堂

津波で六角堂土台ノのみ残った

五浦海岸には天心記念五浦美術館があります (有料)
伝統美術を守り後世に伝えるため幅広い活動を行った天心。  天心が創設した日本美術院で当初から
行われた国宝彫刻修理事業は現在も美術院 ・ 国宝修理所へと発展的に受け継がれている。館内には
天心のそれら活動を示す資料や美術院が修理した仏像、修理記録などを展示紹介しています



  1. 2013/10/21(月) 01:23:40|
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